周りを回る。
回ることのすごさを再認識すべきだ。
だって金太の大冒険では大男を倒してるし、
ちびくろサンボではトラがバターになっちゃってる。
マグロに至っては回遊しなければ死んじゃうんだから。
そんな回ることに心打たれたので、回ります。
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#以下の画像たちはマウスオーバーで回ります。
まずは居間で回ってみた。
小走りで回ってみるとコーナーリングが難しく、まるでスケートのショートトラックの様だ。
「居間を回ることはスケートに同じ」
回ることのすごさをいきなり味わされた格好だ。
次はオーソドックスに木を回ってみた。
やはりこういう場合「ぐんぐん伸びて雲の上の世界へ!」と期待したが、
得に変化はなく、近くで遊んでた少年たちの動きが止まった。
回ることは時まで止めてしまう。
名も知らぬ銅像を回る。
「銅像が回転パワーでみるみるピカピカに!」とまた期待したが、
微動だにしなかった。
頭が入りきってないのが気に入らなかったのだろうか。
とりあえず電柱も回ってみた。
案の定何も起こらない。そういえば空回りという言葉もあった。そしていつだって伏し目がち。
またも銅像。
さっきのなんかと違って、今度は大通りの銅像だから神通力とかありそう。
と思ったらやっぱりダメ。ハトが飛んだだけだった。
水が吹き出すファンタジーなんて起きない。
血走ったアヒルも微動だにせず。
こんな顔。(動きません)
バス停を回ると回送車ばかりが来るという都市伝説がない。
何も起きない。やはり回ることは空想の産物でしかなかったのか。
しかし、ここまでは周りを回るという回ることの半面まで、
まだ相手を回らせる戦法が残っている。
一縷の望みをかけ、さっそく念力で回してみた。
トラ→バターが成立するならバター→トラもなってしかるべきだと思ったが、
少しばかり温まっただけだった。多分回転と関係ない。
結論としては大男やトラに出会ったとき、回らせずに逃げた方がいいです。
2006年4月20日 02:51
